南相馬市の受難⑦~緊急時避難準備区域・計画的避難区域の設定~

◇20km圏内の避難指示区域を警戒区域と名称変更
震災から1か月が経過した4月12日、原子力安全保安院は、福島第一原発の事故について、国際尺度レベルの5から7へ引き上げました。これでチェルノブイリ原発事故と同レベルの過酷事故と認定されることになってしまいました。
《4月21日》
1Fから20km圏内に警戒区域を設定。
警戒区域とは、災害対策基本法第63条に基づいて、災害による退去を命じられる区域をいいます。避難指示とは違って罰則付きで区域内への立ち入りが制限・禁止され、許可なく区域内にとどまる者には退去が強制されます。国は20km圏内を警戒区域に設定することで検問所を設けるなど厳しく管理をすることになりました。

◇緊急時避難準備区域、計画的避難区域の設定
《4月22日》
政府は警戒区域を設定した後、次の地図のように新たな区域分けをしました。緊急時避難準備区域と計画的避難区域についてみていきます。

◇緊急時避難準備区域の設定
政府は4月22日、屋内退避指示を解除しましたが、なお原発の状況が不安定であることから、「緊急時避難準備区域」を設定しました(上図水色の部分)。屋外の活動制限はなくなったものの、自由の制限は続いていきます。
緊急時避難準備区域とは文字通り、原発に不測の事態が発生して危機が迫ってくる緊急時において、速やかに屋内退避や避難が可能な準備をしておく必要がある区域をいいます。そのため、自力での避難等が困難な状況にある方や、お子さん、妊婦、要介護者、入院患者の方は、この区域に入らないようにしなければなりません。また、この区域内では、保育所、幼稚園や小中学校及び高校は休園、休校となります。
この措置は同年9月30日で継続されました。
(参照:首相官邸災害対策ページ)

◇計画的避難区域の設定
これまでは福島第一原発からの円周での距離によって避難区域が決められてきましたが、放射性物質は円周どおりに拡散するわけではなく、漏出したときの気象条件によって放射能の濃度が高いところと低いところがまばらに広がることになります。計画的避難区域(上図黄色の部分)の設定は放射性物質の拡散し、濃度が高くなっている方向に沿って決められたものです。最も放射能が拡散していた時期に風向きが原発から北西方向へ流れ30~45km離れた飯舘村方面では雨が降って、濃度の高い放射性物質が降下してしまいました。南相馬市でも西側の阿武隈高地方面も高い濃度の放射能に汚染されてしまい、計画的避難区域が設定されました。これによって、南相馬市は20km圏内の警戒区域、20km~30km圏内の緊急時避難準備区域に加えて計画的避難区域が設定されることになり、この区域に住む人たちはこれから1か月以内をめどに避難しなければならなくなりました。

計画的避難区域については、経済産業省は次のように説明しています。

1.福島第一原子力発電所から半径20km以遠の周辺地域において、気象条件や地理的条件により、同発電所から放出された放射性物質の累積が局所的に生じ、積算線量が高い地域が出ています。これらの地域に居住し続けた場合には、積算線量がさらに高水準になるおそれがあります。

2.このため、国際放射線防護委員会(ICRP)と国際原子力機関(IAEA)の緊急時被ばく状況における放射線防護の基準値(年間20~100ミリシーベルト)を考慮して、事故発生から1年の期間内に積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある区域を「計画的避難区域」とする必要があります。

3.「計画的避難区域」の住民等の方には大変なご苦労をおかけすることになりますが、別の場所に計画的に避難してもらうことが求められます。計画的避難は、概ね1ヶ月を目途に実行されることが望まれます。その際、当該自治体、県及び国の密接な連携の下に行われるものとなります。

緊急時における国際的な放射線防護の基準値の年間20~100ミリシーベルトのうち、最も低い20ミリシーベルトを基準とすることで、政府は厳しい安全基準のもとに放射能汚染に対応しているという姿勢を表してきました。ただ、この20ミリシーベルトの基準値に対しては、子どもたちにとっては高すぎるという強い批判もありました。その批判に対しては政府としては、やはり「国際基準の最も厳しい値」ということでかわしていたと思います。いまだに原子力緊急事態宣言が発令中なのは、「緊急時」の一番厳しい基準という20ミリシーベルトの根拠を保つためでもあるのかなと、私は推測していますが本当のことはわかりません。放射線防護の考え方についてはまたあらためて書いてみたいと思います。

◇放射能の流れ

福島第一原発事故による放射性物質の拡散がどのように広がって行ったかを群馬大学の早川教授が拡散地図を作成されておられます。福島県は面積がとても大きく、太平洋岸沿いの地域を浜通り、阿武隈高地と奥羽山脈の間にある福島盆地と郡山盆地一帯を中通り、そして、奥羽山脈を越えたところにある会津というように三つのエリアで構成されています。このたびの事故では福島第一原発から放出された放射能の雲が北西方向へ向かい、阿武隈高地の飯館村などを汚染しながら中通りにに入り込み、福島市や郡山市を汚染し、一部は奥羽山脈を越えて会津まで至っています。福島県だけではなく、東北、関東の広い範囲で放射能が拡散したことがわかります。

参考資料
首相官邸災害対策ページ
経済産業省ホームページ
早川由紀夫研究室