南相馬市の受難(終)⑮~避難指示解除準備区域の解除と復興に歩み始める小高区~

◇避難指示解除準備区域の解除(平成28年7月12日)
南相馬市の小高区全域が対象となった避難指示解除準備区域が平成28年7月12日、ようやく解除されることとなりました。同日JR小高駅が営業再開。同年12月には津波で破壊されていたJR常磐線相馬~浜吉田間が再開したため、小高から仙台まで通じることとなりました。

平成29年4月、福島県立小高産業技術高等学校が開校しました。これまでの小高工業高校と小高商業高校が統合したもので、今後の地域産業の担い手を育成していくことになりました。校歌の歌詞は作家の柳美里さん、作曲は長渕剛さんによるもので、最初の開校式では長渕剛さんによる校歌披露が行われました。

JR小高駅 平成28年7月9日撮影

◇帰還者数
震災の前までの小高区の人口は14,842人でした。避難指示区域に指定されたため、一度はまったく人がいない状況でしたが、平成28年7月12日に避難指示が解除されて、帰還された方は平成30年2月28日の時点で2,512人です。まだ、約10,000人の方が帰還されていません。避難生活が長引いたため、避難先で生活の基盤ができてしまって帰還できなくなった人や、小さな子どもさんがおられる家族の方は放射能の影響を気にしているのではないかと思います。

放射線量については小高駅周辺の街中では年間1ミリシーベルトの基準値以下になっていて心配はありません。しかし、商店など買い物をする店舗が少なく不便さは否めないと思います。

平成27年9月に駅前に仮設店舗「東町エンガワ商店」を開設し、その後、コンビニエンスストア2店、魚屋2店が再開しましたが、まだ不十分ではないかと思います。市は平成30年度に公設民営のスーパーマーケットを開店するように進めているようです。

◇ゼムリャキ(同郷人)
まずは、先に帰還された方々が町の再興を図りながら、少しずつ帰還を促すようになると思います。そして、ゼムリャキ(ウクライナ語で同郷人)たちのネットワークをいかにしてつなぎとめていくことができるかが帰還と再生のカギになるように思います。「まだこれだけしか戻っていない」と悲観するより「これが町づくりの第一歩」と前向きにとらえたほうがいいと思うし、実際、住民同士の交流を深め、よそから来たボランティアたちとも助け合いながら元気を出していこうという取り組みもあります。苦難を乗り越えた先に、新しい小高の町の姿が現れるよう、祈りたいと思います。

※参考資料
ふくしま復興ステーション「避難区域の変遷について」
南相馬市ホームページ(小高区の人口)
市民の交流の場(おだかぷらっとほーむ)