◇松田正平さんを魅了した場所へ
宇部市の著名な画家、故松田正平さんが描いた、上関町長島から昇る朝陽の絵を、宇部市内の画廊で見たことがあります。祝島から眺めたものだそうで、松田さん独特のタッチで描かれていました。私は、松田さんを魅了したその地へ行ってみたくなり、昨年暮れの12月27日、上関町長島の田ノ浦海岸へ行ってきました。長島までは宇部から高速道路を使えば2時間くらいでたどり着きます。
上関町長島は離島ですが、橋がかけられているので本土から車で直接行くことができます。私はまず長島の四代地区の集落にある正八幡宮へ参拝して、そこから四代の突端まで行き、耕作地のあるところから美しい紺碧の海を眺めました。それから四代から少し車で戻ったところにあるわき道に入り、その先にある田ノ浦海岸へと向かいました。
田ノ浦海岸と祝島の位置関係
途中、中国電力の上関原発計画についての看板が立っています。上関原発は田ノ浦湾を埋め立てて建設される予定となっています。
発電所の敷地
よく見ると原子炉は海と陸との境目あたりの埋め立て地の上に建てられるようですが、埋め立て地の上に原子炉を置くような原発はほかにあるのでしょうか。これでいいのかなと首をかしげてしまいます。
田ノ浦海岸マップ
道路が行き止まりになっているところからは歩いて海岸へと向かいました。立ち入り禁止となっている工事現場のフェンスがあり、内側のガードマンにあいさつしたところ、ご丁寧にあいさつを返してくださいました。フェンスの外側の小道を15分くらい歩いたところで視界が開け、青く輝く入り江が見えてきました。田ノ浦海岸です。
◇浄土のような田ノ浦
田ノ浦海岸の渚に降り立ったとき、目の前の美しい風景に感動を覚えました。私は、この世のものとは思えないような風景に、まるで浄土のようだと思いました。入り江の両脇の岩山と近海に並ぶ小島が田ノ浦湾周辺の景色を形作り、波打ち際の紺碧色と沖合の淡い緑色がその日の田ノ浦湾の光景でした。そして、その沖には祝島が深緑の光を放って凛と浮かんでいて、さらにその向こうには九州の国東半島が見えます。冬場で霞がかからず、遠くまでよく見えました。暖かく穏やかな日にはまた別の風景を見せてくれるのだろうと思います。
田ノ浦湾の海は、海底から豊富な淡水が湧き出ているために有機物の堆積がなく、大変透明度が高いことで知られています。それはgoogleの写真を見てもわかるほどです。良好な水質が保たれ、独特の生態系がつくられていて、希少生物が多く発見されている海です。
田ノ浦から見た祝島
振り返ると、陸地にはフェンスが張られ、その向こうは中国電力が買収した土地が見えます。浄土とは対極の世界がそこにありました。今は工事が中断されていて、静かな現場の草地からトンビが飛び立つのを見ました。このあたりには田ノ浦遺跡があって、縄文から平安時代までの遺物が各層で発掘されています。工事中に発見されたものと思っていましたが、上関原発計画が浮上する以前から知られていた遺跡ということです。縄文層では姫島産の黒曜石が発掘され、石器の交易の場だったと推測されています。また奈良・平安時代の層からは製塩土器が多数発掘されているとのことです。発掘調査後は、遺構の保存状態が悪いとのことで保存はせずに再び埋め戻されてしまいました。
原発建設工事では、田ノ浦湾の埋め立てに必要な土砂は近くの山を削って投入するとのことです。美しい景観も独特の生態系も完全に破壊され、太古の歴史を伝える遺跡は原子力発電所の敷地の下で永遠に眠り続けることになってしまいます。
◇田ノ浦を守ってくれる人たち
田ノ浦だけではなく長島の海岸線は息をのむような美しさです。松田正平さんもその美しさを「世界一だ」と称賛していたといいます。そして、なによりも国家がその美しさを公認しています。だからこそここは瀬戸内海国立公園に指定されているのです。
国立公園とは何でしょうか。環境省のホームページには、その目的と役割について次のような説明がされています。
「国立公園は、次の世代も、私たちと同じ感動を味わい楽しむことができるように、すぐれた自然を守り、後世に伝えていくところです。そのために、国が指定し、保護し、管理する役割を担っています。」
国が指定しているのだから、ぜひ書かれているとおりに、田ノ浦海岸も、次の世代も私たちと同じ感動を味わい楽しむことができるように、保護し、管理する役割を担ってほしいと思います。
でも、国がその役割を担ってくれない今、田ノ浦を保護してくれているのは祝島の人たちしかいないという現実があります。
埋め立て免許を認めたのが山口県知事ですから、田ノ浦の保護について、山口県民として向き合ってみたいと思います。また、埋め立てて建造するものが国策として推進されている原子力発電所ですから、日本国民としてもそのことに向き合ってみたいと思います。
田ノ浦の海を守る祝島の人たち(2011年1月)