◇原発事故の被害補償制度
福島第一原発事故は広範囲を汚染してしまったため、その賠償金や除染、廃炉費用などに掛かる金額は天文学的な数字となります。この被害補償については、原子力損害賠償法に則って進められていきます。このたびの原子力災害の原因者は東京電力で、事故の責任は東電一社に「責任集中」され、原子炉建築に携わったメーカーはその責任は負わないことになっています。福島第一原発の場合は、そのメーカーはアメリカのゼネラルエレクトリック社(GE社)と、日立、東芝です。これらの企業に法的賠償責任は負わされることなく、あくまでも東電一社で被害補償の責務を負うことになっています。また、政府も原子力政策を進めてきた責任があるので、間接的に原因者となります。
一般的な事故による損害賠償については、電力事業者が契約している民間の保険会社によって支払われ、自然災害による事故の場合は政府が「政府保証契約」によって支払われることになります。原子力損害賠償法の第三条一項の但し書きに、社会的動乱、異常に巨大な天災地変の場合は事業者は免責されるとあり、このたびの地震、津波は異常にに巨大な天災地変であるとして、東京電力は政府に対して免責を求めましたが、政府からは認められませんでした。
政府の補償は一事業所に対して1200億円までで、それ以上の損失は原子力事業者が無限の責任を負うことになります。しかし、今回の事故は数兆円単位で事故処理費用が増加しており、一電力事業者では対応できるものではないため、政府は原子力損害賠償支援機構を設立し、東電の支援を行うことになりました。
◇原子力損害賠償・廃炉等支援機構(旧原子力損害賠償支援機構)とは?
福島第一原発事故において、1200億円まで保険などで対応することを想定していた国や電力会社の賠償金が、それをはるかに上回ってしまったため一電力会社で対応できなくなり、政府が支援をするために2011年9月、日本国政府70億円、原子力事業者等12社70億円の140億円を資本金に原子力損害賠償機構が設立されました。東電が負う賠償金を日本国政府がここで肩代わりする機能を果たしていくことになります。
2012年7月に、東京電力が発行した株式を引き受ける形で同社に対して国が1兆円を出資、筆頭株主となり、これによって東電はこの機構を通じて実質国有化されました。今後、この「国有」の軛を解くための努力が東電に課されることになりました。脱国有化は2019年度に予定されています。
2014年には福島第一原発の廃炉や汚染水対策への国の関与が拡大され、同年8月に、原子力損害賠償・廃炉等支援機構に改組されています。
◇後始末にかかる費用はどれくらいなのか
事故後の後始末にかかる費用については当初の予想よりかなり増加しています。
賠償や除染については遠くない将来に終了する見込みがありますが、廃炉についてはどれほどの費用がかかるか未知数です。
◇賠償
原子力災害の精神的慰謝料については、避難区域別に賠償期間が異なり、一人あたり月に10万円の精神的損害賠償が東電から支払われています。また、それ以外に、家屋などの財産を所有する人たちにも財物補償がされています。
〇南相馬市ホームページより
上図の「故郷喪失慰謝料」は、帰還困難区域の人たちに一人当たり700万円が支払われることになりました。
また、「特定避難勧奨地点」については、南相馬市の受難⑧で触れたとおり、平成26年12月28日に指定解除し、翌年3月で補償が打ち切られました。この理由は、除染や放射線の自然減衰によって年間の累積放射線量が20ミリシーベルト以下に達するというものです。しかし、南相馬市のその地域の住民の方々は「20ミリシーベルト」(毎時3.8マイクロシーベルト)という基準は高すぎるとして、指定解除の取り消しを求めて訴訟を起こしています。
放射能は同心円状に広がるわけではなく、その汚染度は当時の風向きなどの気象条件によって違っているので、賠償金については住んでいる地域によってその評価は分かれるところです。また、このたびは震災に伴う原子力災害なので、震災被災者の中には賠償金の対象外となる方も多くいて、放射能汚染によって避難を余儀なくされた方でも家屋は健在という方に対しては複雑な感情があります。かつて2万人以上の市外からの被災者を受け入れていたいわき市では、市役所の玄関に「被災者帰れ」の落書きがされたことがあり、「賠償金をもらった人」への偏見が見られました。原子力災害の被災者には当然損害賠償を受ける権利はありますが、そのことで人間関係に軋轢が生じることになりました。これは自然災害には見られない、原子力災害の特徴だと思います。
◇除染
除染を必要とする地域は福島県の浜通り、中通りの大部分であり、原発から100km離れた会津でも除染が行われた地域がありました。総額4兆円~5兆円にも上る巨額なものです。原発さえなければまったく不要なものであり、このために各自治体は対策課を設け、職員を置かなくてはならなくなりました。
南相馬市では平成24年度から復興関係の予算が膨らみ、その中でも多額の除染関連の予算が組み込まれました。このころから巨額の予算を執行するための職員が足りなくなり、私のような「任期付き職員」を大量募集することになります。
〇南相馬市の予算の推移
除染は平成24年から始まり、平成29年3月で一通り終了しました(平成30年度は残余工事のみ)。この5年間の除染関係の予算を合計すると約2300億円に上ります。また、20km圏内の除染は環境省が直轄で行っていて、環境省福島再生事務所が公表している除染に係る工事の入札結果の南相馬市部分を合計しますと約1700億円となります。南相馬市だけで、市が管轄して行う除染と国直轄の除染との合計額は4000億円にもなってしまいました。
これらの巨額の費用は東電株の売却益で捻出することになっています。現在、東電の株価は低迷していますので、「東電の価値」を上げて、株価を上昇させたうえで売却したいところです。では、「東電の価値」を上げるためにはどうすればいいのでしょうか。東電の価値を上げて株価上昇が最も期待できるのは、新潟県にある世界最大級の原発、「東京電力柏崎刈羽原発」の再稼働です。こんなところにも、東電や政府が原発再稼働へ傾斜する強い動機付けが働くことになります。
除染は「掃除」であって、インフラの整備とは言えないと思います。投じられた巨額の費用は、除染に携わった大手ゼネコンへ支払われます。南相馬市では竹中工務店、清水建設、大成建設などに渡り、本社のある東京へと流れていきました。これで人々の帰還が進めばその費用に対する効果があったといってもよいのですが、その結果が出るのはもう少し先のことになるでしょう。
〇除染物の仮置き場(富岡町)
◇中間貯蔵施設
中間貯蔵施設は、除染を行った各地から出た土や草木などの除染物を貯蔵する施設で、現在、福島第一原発の立地自治体である大熊町、双葉町に建設中で、部分的にはすでに搬入が行われています。環境省は現在用地の取得を進めていて、民有地の必要取得地の約5割が契約済みとなっています。必要なすべての土地を取得するにはもうしばらく時間がかかり、その分、各地にある仮置き場での保管が延長されることになります。中間貯蔵施設は、あくまでも「最終処分場」に搬出するための「仮置き場」であって、その期限は30年となっています。最終処分場は福島県外に造られる予定ですが、まだその候補地は決まっていない状況です。
中間貯蔵施設の費用は電源開発促進税を投入することになっています。これは私たちの電気代から徴収される税金ですが、電気代の明細書には記載がありません。もともとこの税は発電所のある地域に補助金として交付するためのものでしたが、中間貯蔵施設の建設にも使われることになりました。最終処分場の建設費用もここから支出されるのかどうかはわかりませんが、その費用はまだ見積もられていないようです。
◇廃炉
廃炉の費用は当初2兆円とみていたようですが、数兆円単位で増加するとのことです。廃炉に要する期間が長くなればなるほど費用が膨らむことになるでしょう。核燃料が溶融して固まった堆積物(燃料デブリ)がどこにあるのかがわかっているチェルノブイリ原発でさえ、30年以上経過しても燃料の取りだしはできず、コンクリートで覆われた原発の上にさらに巨大な屋根を覆っています。
福島第一原発では1号機から3号機まで溶け落ちた核燃料の位置がわからず、汚染水の対策にも追われていて廃炉への道筋は困難を極めると思います。2017年2月に、2号機格納容器内の放射線量が最大540シーベルト/時だったと報じられました。人が1分もかからず死亡するレベルの放射線量です。日本の技術力で解決できるものなのでしょうか。そして、どれだけの年月と費用が必要になるのでしょうか。やってみなければわからないというのが現実だと思います。
※参考資料
文部科学省ホームページ
内閣府原子力委員会ホームページ
毎日新聞記事(2016年11月27日)
南相馬市ホームページ(精神的損害賠償Q&A)
内閣府原子力委員会ホームページ(賠償額の試算)
福島民報記事(平成26年3月6日)
南相馬市ホームページ(予算)
環境省「平成27年度福島地方環境事務所における除染に係る工事の入札結果等公表について」
環境省中間貯蔵施設情報サイト
中間貯蔵施設用地の状況について